21年7月20日(月)
やっと
行く事が出来ました。
清河さんの生まれた処。
すぐ傍には清河神社。
そのすぐお隣には
戊辰戦争で
庄内藩の砦となった場所!
その場所がそんな処だと聞いて
句を作った
正岡子規の句碑。
『 はてしらずの記 』
子規26歳の句。
『 蜩の二十五年も昔かな 』
もうすぐ『坂の上の雲』が
放送されますよね。楽しみです。
こんな処まで旅に来られてたんですね。
記念館の中には
お母さんとの旅日記。
安積五郎さんの直筆
清河さんのお父さんへの長い手紙!
逃亡生活の最中 .... と思うと胸がつまります。そして そして ....... !!!!!!
清河八郎
最期に着ていた
衣服 !!!
胸の所がもう
ぼろぼろになっていてガラスケースの中に。
清河さんの首は
山岡さんが取り返して
奥さんがご遺族に
お渡ししたと
記念館の方に説明を受けました。
帯刀していた短刀も在りました。
もうひとつビックリ!
北辰一刀流初目録。
中目録!!!
北辰一刀流の兵法12!!!
口伝えが厳守なのに
12兵法書いたものが其処に!!
現代の玄武館の方達がやって来て
兵法一つ一つ
今のと違いがあるのか....
検証する為に
写真に撮っていかれたそうです。
江戸の玄武館では
明治維新の最中に
全部燃やされ
残っていないと云う事で
清河さんの処に残っていたのは奇跡!!!
検証は
どうなったのでしょうか。
清河さん家の長女の
子供の子供が12人。
その中の一人
お栄さん。
が、柴田錬三郎さんの
お嫁さんで間違いありませんでした。
90歳で昨年他界されたそうです。
もう一度
ゆっくり
行ってみたい
清河記念館です。
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